古寺素描16-紅しぐれ10-井山宝福禅寺10
2016年12月14日 エッセイ
座禅の思想は宗派によって大きく異なっている。
曹洞宗は座禅そのものを目的にし、ひたすら座禅自体にひたり黙照禅となる。一方、臨済宗となると疑問をいだきながら座禅して悟りに至ることを説く。双方の思想は相容れがたく論争対立は平成の今にも和解されていない。
人の世だから、いずれ交叉する思界はありうるはづと凡人は思うのだが、そこはそれ一派を構えておれば、はいそれと妥協できない柵があるのであろう。
画像上中下:紅の舞い
曹洞宗は座禅そのものを目的にし、ひたすら座禅自体にひたり黙照禅となる。一方、臨済宗となると疑問をいだきながら座禅して悟りに至ることを説く。双方の思想は相容れがたく論争対立は平成の今にも和解されていない。
人の世だから、いずれ交叉する思界はありうるはづと凡人は思うのだが、そこはそれ一派を構えておれば、はいそれと妥協できない柵があるのであろう。
画像上中下:紅の舞い
コメント