百閒川のいろどり52ー荒手「越流堤」4
百閒川のいろどり52ー荒手「越流堤」4
 ともに光政の児小姓あがりだったから悲惨な災禍から城下を救済する想いは共通していただろう。
 曰く蕃山の説く方策は、旭川の堤防の一画を低くし、洪水で氾れる水量を越流させ百閒川へ流す、いわば分流して旭川の水嵩を削ぐことにある。さらに特筆すべきは百閒川の流域内に堤防を築き溜池のようにさせ、嵩と速さを弱らせて越流した水のみを下流に流して損害を防ぐもので、併せて泥砂を堤防内に留めるものである。「荒手」と呼ばれる工法だ。蕃山と永忠の傑物である。
 これで岡山城下は洪水災禍からのがれられた。 

画像:荒手「越流堤」のモニュメント 巻石積

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